【Staff紹介】Seisyu Watanabe / 所長


渡辺 誠舟(わたなべ せいしゅう) / Seisyu Labo 所長
 

大学卒業後に数ヶ月かけて北海道を巡る旅をしてから、日々の好奇心を追求すること、その道中で得られる「思いがけない出会い」の大切さに気づく。
星野リゾートで2年間勤めたのち、日々を好奇心と冒険心で満たす”持続可能なワクワク”を創り出したいと思い、Web上の仮想研究室「Seisyu Labo」を運営開始。
現在は、南富良野を拠点に北海道を駆け巡りながら、次世代の暮らしを求めて流動的に奔走中。
 
・Seisyu Labo -所長
・Earth Friends Camp -広報
・HOKK UP -共同編集
・The CAMPus -ナビゲーター
・Living Anywhere -南富良野支部管理人
 
 

【第一章】北国への旅立ち

港町の少年時代

横浜で生まれ育つ。3歳のときに肺炎で死にかけて復活。
以後しばらくぜんそくに悩まされ、普通に息ができることの幸せに気づく。
 
親が熱心だったのか、習い事の数だけはやたら多くて、
・習字
・水泳
・英語
・公文式
・ピアノ
・サッカー
とほぼ毎日違うことを習うも、どれも中途半端。
ただ、この原体験がいまの多動的な性格に繋がっているのかも。
 
小学校半ばで、福岡へと移住。
 
この頃から自ら遊びをつくる面白さに気づきます。
滑り台から相手を引きずり落とす「ジョーズごっこ」
自分たちで作る「マンガ雑誌」や「ボードゲーム」
校庭内のアリの行動を観察し実験する「アリ組合」etc…
 
いまもやっていることが大して変わっていないので、
精神レベルは1mmも成長していないのかもしれません。
 
そして、いわゆる”お受験”して九州で二番目に頭の良い中学校に入るも、
親の都合で再び横浜に戻ることになり、すぐに転校することになります。
 
次の学校は目の前に海があって、いわゆる湘南ボーイ(?)日焼けしすぎて焦げてました。
中高ともに名門といわれるヨット部に所属。実は小学校から習っていたので、ヨット歴は長め。
その恩恵か、高校ではエース艇に乗り、インターハイや国体に出場したことも。
 
しかし、その代わりに失ったものが「学力」
授業中に睡眠時間を確保し、放課後の部活に全力を費やしていた結果、みるみる学力は低下。
 
部活でそれなりに成績を出していたので、MARCHクラスの大学からは推薦がきていたものの、入りたい学部がなかったので辞退。某KO大学を受験するも、試験中ですら長すぎる英文を読んでいるだけで眠くなり、不合格。
 
そして、空白の浪人時代へ。
 

彷徨う空白時代

浪人中の2年間は、いわゆる人生の”ダークサイド”
人生に迷い、かといって居場所もお金もなく、公園のベンチで寝ているリストラされたサラリーマンみたいな生活をしているうち、自分を見失って自律神経失調症に。
 
家でも外でも他人と会話しない状態が続き、自分の境目が分からなくなり、見ているものの色を認識できなくなるくらい感受性が薄れ、自己嫌悪がひどく、横浜駅前のドトールのトイレで鏡に写った自分を見るだけで吐いていたことも。
 
もはや記憶のない空白の2年間を経て、とにかくここではないどこか遠くへ行きたい…と逃げるように選んだのが北海道。
 
はじめて北海道に来たときのことは忘れられません。
空港から札幌へ向かう電車の窓から、あたり一面に広がる雪景色を見て、「きっと自分はここで生きていくだろうな」という一目惚れのような気持ちが芽生えました。そして浪漫溢れる港町・函館の大学へ。
 

北国の青年時代

自分を見失いながら流れ着いた北海道で暮らすうち、自分のアイデンティティを再生していきます。
 
大学では、北海道らしいことがしたくてスキー部に所属。部長もやりましたが、大学から始めたスキーは競技的な成績は全然で、いかに「Enjoy Skiing」できるかに注力。ゼロから理論を勉強したので、初心者に教えるのはまあまあ得意かも。
 
また、エゾシカの研究をしていて、シカのうんこを探し回る日々。狩猟免許も所得し、シカ肉の活用にも取り組みました。学祭でエゾシカ肉とアリのローストを出したのは良い思い出。アリは全然売れませんでしたけどね
 
大学生になってから、旅をするようにもなりました。
震災を自分の目で確かめるための東北を巡る電車旅、道北での住み込み牧場バイト、原付での北海道一周(このときは原付の故障で半周)など。
 
いわゆる就職活動は、ほとんどしませんでした。というより、したくなかった。
就職説明会で、みんなが同じような服装・同じような発言をしているのを見て「絶対ムリ」と感じ、入社試験が面白そうな星野リゾートのみ受けて、運よく採用されたのでそのまま入社することに。
 
入社時期を遅らせて、数ヶ月をかけて自転車や原付で北海道を巡る旅や、ハワイ一周などをしました。特に北海道の旅では「野生のクマに会うこと」と「アイヌ民族を調べる」ことをテーマに巡るうち、多くの出会いや経験があっていまの原体験になっています。
 

Seisyu Laboの設立


星野リゾートに就職してから半年ほど熱海で過ごした後、念願の北海道へと戻ることに。
 
勤め先のトマムは北海道の真ん中に位置していて、道内各地へ行くのに都合が良い場所でした。
そこでしばらく観光業を勤めながら、プライベートでも北海道の探索を始めます。
北海道探索を進めていくうち、気づけば「観光ではなく冒険をつくりたい」と思うように。
 
また、単純に同じことを繰り返すことができない”多動的”な自分の性質に気づき、「会社員では大成できなさそう」と思うようになり、他人とは違う方向で新しい道を探すことを自分の生存戦略として考え始めます。
 
一年ほど悩みに悩んだ末、”平凡な人生コンプレックス”を克服したいと思うようになり、
人生に必要なのは「より良いシナリオ」だと考え、大きく舵を切っていく決断をします。
 
 
とりあえず発信から、ということで会社で働きながら、助手と2人で「Seisyu Labo」を運営開始。
半年後、仕事よりも自分の活動しか頭になくなってきたので、見切り発車で仕事を辞めてフリーに。
”北海道を駆け巡る Web上の仮想研究室”として、旅をしながらフリーランスに活動していきます。
 
 

現在携わっていること

 
– Earth Friends Camp –
北海道を巡る旅の途中、Seisyu Laboを見て声をかけてくれたのがきっかけで、“暮らすように自然と遊ぼう”がコンセプトの「Earth Friends Camp」のコアメンバーとして活動するようになり、野外フェスづくりや樹液採取まで、様々なアウトドアイベントの企画・運営に携わる。
 
 
– HOKK UP –
道内のオモシロそうな場所を探っているうちに”ローカルメディア”にも関わるようになり、Webメディアの可能性を感じるようになる。そして現在、”北海道をつなぎ、あげる”をコンセプトにした「HOKK UP」というキュレーションメディアの立ち上げにも関わっている最中。
 
 
– The CAMPus –
「The CAMPus」の編集チームと札幌でご一緒したときに、”世界を農でオモシロくする”というビジョンに共感。Web上の農学校における”ナビゲーター”として、北海道のオモシロい「農」についての講義記事の作成や、若者の農体験をベースにした研修のプロデュースを担当中。
 
– Living Anywhere –
かまくらの中で一緒に焼肉をしたことがきっかけで、“自分らしくを、もっと自由に”を実現する「Living Anywhere」南富良野支部に参画することに。廃校になっていた元・北落合小学校に施設管理人として住み込みながら、次世代の暮らしに関する実験やスタートアップ企業の誘致などをアシスト。
 
 
そんなこんなで、この春からは南富良野という場所を拠点に、先住民族の知恵から最先端テクノロジー、サバイバルスキルからマネタイズ理論まで、個人がいきぬく術を研究しながら分かりやすく発信し、それと並行しながら北海道の探索を進めてより良い物語を創り、面白いことを仕掛けるタイミングを計っていこうと思っています。
 
すべては”持続可能なワクワク( Sustainable Wonder )”のために。
 
せいしゅう
そして【第2章】旅と修行の日々へ…
Seisyu Laboの今後に乞うご期待ください!