【中富良野】未来へのたねを蒔く – 寺岡祐子さん・中井裕之さん/森のようちえん「森のたね」

富良野市街を抜けて、そのまま北へと国道を走らせていくと、
その途中、左手に小高い丘のような場所が見えてきます。

その場所の名前は「北星山」といい、ここでは毎日のように、
子どもたちの楽しげな声が、森のなかへと響き渡っています。

ここで活動しているのは、「森のようちえん 森のたね」
自然のなかで子どもたちを育てる、環境教育を行っています。

今回は、そのメンバーである寺岡祐子さんと中井裕之さんに
お会いしたときのお話を、自分なりにまとめてみようと思います。

はじまりのたね

北星山から見える景色

森のたねが始まったのは、2007年の6月からということで、
活動をスタートしてから、約10年もの月日が経っています。

きっかけは、環境教育に取り組む富良野自然塾から「森のようちえんをスタートしないか」と声がかかったところから。
その頃の寺岡祐子さんは俳優業を引退し、ママ業に専念しながら保育士資格を取った頃でした。

はじめは、とりあえず声をかけたお母さん達5人くらいでスタート。
そして、2017年時点では10世帯、子どもは19人が集まっています。

ここまでの道のりは、けっして順調なことばかりではなかったようで、はじめは一つのサークルとして、富良野自然塾のサポートを受けながら、無償でスタッフや場所をサポートしてもらいながらの活動を続けていましたが、
やがて祐子さんが多忙なこともあり、一時はこのまま自然消滅してしまうかな、というところまで縮小していってしまったそう。

しかし、そんなときに声をかけてくれたのが、その後の活動の核となる中心メンバーのお母さん方で、
また、当時富良野自然塾に所属していた中井裕之さん(以下ヒロくん)でした。
そこからトントン拍子に話が進み、いまのかたちの「森のたね」が育っていくことになります。

森のようちえん という選択肢

森のようちえん というのは、自然体験を基軸にした環境教育のことです。
1950年代からデンマークで始まったとされ、主に北欧などで広がってきた自主保育活動のひとつの形であり、近年、徐々に注目を集めてきています。

日本では、都会における保育所不足問題がよく叫ばれています。
その問題の根本は、都会に保育所や保育士が足りないのではなく、都会への人口の一極集中、というところにあるのかもしれません。
そのことが招く選択肢の狭さが、行き詰まりを生んでしまっている。

祐子さんは、その問題を解決するひとつの選択肢として「森のようちえんが当たり前になればいいね」と言います。

都会から地方へ居を移して構えようという家族がもっと増えたら。
仕事があるところに住まなければならない、という固定概念を捨て、もっと柔軟に、自分に合った環境を見つけられるようになれたら。

そのための選択肢のひとつとして、森のようちえんという自主保育が、子どもを育てる環境として当たり前になればいいな、とのお話でした。

心のかたちを確かめて

森のたねにいる子どもたちは、みんな元気に森を駆け回っています。
生き生きとした子どもたちは、そこで色んなことを学んでいく一方で、親から見ると、森に潜むリスクを危ぶむ気持ちも当然あるのだと思います。

「恐い気持ちがあるなら無理して来る必要はないよ」と祐子さんは話します。

森のなかで遊ばせて、変なものを食べたり、怪我をしたらどうしよう。
子どもを大事に思えばこそ、そんな考えが出てくるものだと思いますが、森のようちえんは、無理してくるものではなく、あくまでひとつの選択肢。
お母さんの気持ちが自然とポジティブなものになったときで良いから、と。

ただ、子どもは絶対大丈夫!と、祐子さんとヒロくんは口を揃えます(笑)
子どもはひとたび森で遊び始めれば、みんなすぐに楽しくなってしまうから。

心はかたちが見えないし、そのやわらかさにも違いがあります。

柔軟で変化にもすぐ対応できる人もいるし、そうでない人もいる。
大事なのは、違うということを認めること、とは祐子さんの言葉。

これからさらに、都会から地方への移住者が増えていくと思いますが、
そこで大事なのは、批判の目を持たずに相手のこと知ろうとすること。

みんなそれぞれに背景があり、それに反応しているだけなのだから。
そのためにゆっくりと時間をかける必要がある、ということでした。

自分の役目に気づくとき

そんな祐子さんは現在、森のたねの活動だけでなく、中富良野の町議会議員として活躍の場を広げています。

選挙に立候補しようと思ったのは「縁」だったということで、声をかけてもらわなければ、やろうとも思っていなかったそう。
議員になれば、みんなの矢面に立つという恐怖感も伴ってくる。
はじめはそこを避けようとしていたそうですが、そこに自分が気づいたときに、「気づいてしまったら乗り越えるしかない」と。

そこが祐子さんらしいなあと思うのですが、乗り越えていく事は、「早いほどちっちゃく済む」というのが持論とのことでした。笑

いわゆる「ファーストペンギン」を地でいく祐子さんに、そのマインドはどこから来るんですか?と尋ねてたところ、それは自分の役目に気づいたから、と答えが返ってきました。

イメージ描いてみました。

ファーストペンギンとは

天敵がいるかもしれないからと、誰も飛び込もうとしない海の中へ、はじめの一歩を踏み出すペンギンのこと。
転じて、その身をもって誰もしようとしなかったことを示し、新たな可能性を拓く人のこと。

何か新しいことを始めるときに、「恐い」ということに気づけない人は、案外多いのかもしれません。恐怖の実体に向き合えていないということ。
何がどう不安でこわいのか、まずはそこに真摯に向き合う必要があります。

西野亮廣著『革命のファンファーレ』にも書いてありましたが、
行動に必要なのは「勇気」ではなく「情報」つまり知ることから。

自分がなにを恐がっていて、それはなにが原因で、対処方法はあるのか。
自らネットで調べたり、足を運んでみたりして、情報収集をしてみる。

そのうえで、自然とやってくる流れの中で自分の役目に気づいたとき、
あとはもう自分で一歩を踏み出すしかないよね、とのことでした。

何かを始めるとき、無理して踏み出す必要はない。

目の前のことをコツコツやっていれば、自然とタイミングがやってくる。
そのために、直感を鈍らせないこと、色々とトライしてみることが大事。
きっとすべての経験が、いつか役に立つはずだからと話してくれました。

友人のきゃしーと遊びに行ったとき

ちょうどこの時期、僕も会社を辞めることを考え悩んでいた時期であり、
祐子さんのこの言葉には、納得のいく答えを見つけた気持ちになりました。

いまの環境のまま過ごしていいのだろうか、と悩む人は多いと思います。

もし周りの人が新しい環境へ移っていっても、
それに合わせて無理して飛び出すことはなく、
自分なりのタイミングを見計らうことが大事なのかもしれません。

そのために必要なのは、「情報収集」と「直感力」だと思います。

このふたつを身につけるには、なにより「足を使う」ことだと、
僕のなかでは仮説を立てている次第です。百聞は一見に如かず。

未来へのたねを蒔く

ヒロくんは、幼児教育は人材育成に近いと話します。

環境教育は子どもたちのため、さらに未来のためにあり、
そして未来で生きる自分たちのためになる、ということ。

子どもは小さい頃から色んな体験をすることが大事で、
なぜなら、良くも悪くも境界線がまだ曖昧だからです。

レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』のように、
子どもが自然のものへと抱く”不思議さ”という感性のたねは、
その生涯に渡って、きっと宝物になるのではないでしょうか。

森のたねがすくすく育って、いつか大きな木になるのが楽しみですね。

森のたねで子どもたちと一緒に遊んできたレポートと、
環境教育に対する自分なりの考察は、また別の記事にしたいと思います。

せいしゅう

森のようちえん 森のたねの中心メンバーとなって、
未来へのたねを蒔いている祐子さんとヒロくんのお話でした。
近いうち、北星山にまた遊びに行きたいな。