【岩見沢】山里暮らしと”複数拠点居住”の可能性 – 前田和司教授/北海道教育大学岩見沢校

先日、先輩に紹介してもらい、自分が強い関心をもっているテーマで研究されている、
北海道教育大学 岩見沢校の 前田 和司(Maeta Kazushi)教授にお話を伺ってきました。

前田教授は、いま、とあるプロジェクトを立ち上げています。
その名前は、「山里暮らしプロジェクト」。その内容を紹介させて頂きます。

「山里暮らしプロジェクト」とは

教育なんだけど教育ではない。
観光なんだけど観光ではない。
地域振興なんだけど地域振興ではない。

「暮らし」は、教育や観光、地域振興のためにあるわけではない。

2006年、アラスカ先住民とアイヌ民族、アウトドア・ライフ専攻のコラボレーションで、
ワークショップ「地域に学ぶ 地域を学ぶ」を岩見沢校で開催した。

その時招いたアラスカ先住民のダチュク婆さんは、
民族と土地に根ざした知恵、技術、精神を青少年に伝え続けてきた。

そして、彼女はその取り組みを「文化に浸る」プログラムと呼んでいた。

教えるのでもない、見せるのでもない、学ぶでもない。
「浸る」という主体的で積極的な受身。

しかも、浸る主体は個人だけど、浸る世界は、
その土地に生きた人びとの時間に貫かれた共同性。

地域に積み重ねられた「暮らしに浸る」プロジェクト

このプロジェクトの目的は、自然と暮らしてきた人たちの生活を守ることです。
「守る」というより、「引き継ぐ場を設ける」の方が正しいのかもしれません。
これまで、長い年月を自然とともに暮らしてきた、知恵や考え方を残していく。

例えば、いまの日本では林業が壊滅している、と言われています。
お金にするのも難しいから、それを引き継ぐ人もいなくなっていく。

このまま後継者を失われるばかりにしていると、いざ林業を復活させるときに、
木を育てる人も、切る人も、製材する人もいなくなり、林業は再生できなくなります。

それを防ぐためには、山や森に付加価値を見い出せるということを、
お金になるということを、地元の人に分かってもらう必要があります。

例えば、自伐型林業で孫のためにお小遣いを稼いでみたり、
アウトドアを使って、エコツーリズム等を企画してみたり。

そういう規模感でいいから、付加価値を見出す取り組みが必要になる。
そのための山里暮らしプロジェクトだと、前田教授は話していました。

「ていねいな暮らし」への憧れ

暮らしを大切に丁寧にしていて、それが心地いい。

生きるために、考えるのが当たり前な、場所。

ある学生が、地方でのプロジェクト中に、こう言っていたそうです。
自分も若者だから、そういった感性にはとても共感してしまいます。

最近よく取り上げられるキーワードが、「ていねいな暮らし」。
ていねいな暮らしに憧れる人が、実感としてとても多いように感じます。 

いまの社会は、高度に発達したがゆえに複雑化して、”ダイレクトさ”を感じにくい。
この目の前の作業をこなす日々をずっと続けていて、どういう意味があるのだろう。

生きるために、誰かのために、食べるために。それが直接的に感じられない生活が、
これからも続いていくのか…と、しんどくなっていく人も多いのかもしれません。

では、「ていねいな暮らし」をパッケージ化して普及させるのがいいのか。

たぶん、そうではないのだと思います。マネタイズして商業化してしまうことで、
そこにあった本来の暮らしに無理が生じてしまえば、元も子もなくなってしまう。

観光化して地域をかきまわすのではなく、今の雰囲気をそっとしておきながら、
その暮らしの中で、地域の課題を少しずつ解決していけるようなコンセプトが、
きっと大切になってくる、と前田教授は述べています。

「複数拠点居住」の可能性について

いまの人には「ていねいな暮らし」への憧れがあり、実際にニーズがある。
それでは、皆が一斉に「ていねいな暮らし」へとシフトできるでしょうか。

それは地方のキャパシティ的にも(住居に限りもあって)難しいことですし、
実際に、その生活に適応できるかどうかは、暮らしてみないと分かりません。
当然、それぞれの生活の都合もありますし、受け入れる側の都合もあります。

だからこそ。いま注目されているのが、「複数拠点居住」という概念です。

前田教授の言葉をお借りすると、複数拠点居住というのはこんな概念です。

言ってしまえば、一ヶ所だけでなく、二ヶ所、三ヶ所に住んでみる、という暮らしのあり方

それは、人間というのは、たったひとつの自分だけでなく、いくつもの自分でいた方がいいのではないかという提案

Seisyu Laboのテーマのひとつに「暮らし」がありまして、その中でも特に、
都会と地方の二拠点居住(デュアルライフ)を実現できないかと考えています。

都会だけではなく、地方だけでもなく、その間を「行ったり来たり」する。
どちらに軸足を置くかは、それぞれの価値観で選びながら、もう一つの生活を持つ。

それがライフマネジメントのリスク管理にもなり、人生の豊かさにつながるのでは、
というひとつの仮説を抱いています。

二つの時間を意識することの豊かさ。
これは、実は星野道夫さんが著作のなかで述べていたことでもあります。

都会のなかで忙しく、あくせくと生活する。だけど、同じ時間で並行して、
どこかの森のなかでヒグマは歩いていて、クジラは雄大に海を泳いでいる。

同じ時間を生きているその不思議さを、深淵なことのように感じられるか。

例えば週末だけでも違う暮らしを持ってみることで、心のゆとりだったり、
あるいは密かに抱いていた自己実現の欲求を、少しずつ叶えてみたりする。

もしかしたら、いずれそっちへ軸足が移っていくこともあるかもしれない。
そういった場や機会を作りたいということを、前田教授は仰っていました。

「多様な宿泊」を使ってミニ暮らし

 複数拠点居住、あるいはデュアルライフって良さそうだね。

そう思っても、すぐに別荘を購入するわけにもいかないし、
どうやってライフスタイルに取り入れたらいいか分からない。

そんなとき、まずは週末を使った宿泊などはいかがでしょうか。
いまは観光・旅行ブームを受けて、宿泊形態も多様化しています。

農家に泊めていただいて、農業体験もできる農泊。
街の入り口の役割を果たしている、ゲストハウス。
その土地のありのままの暮らしを味わえるAirbnb。

他にも、探せばもっとたくさんの方法があると思います。

まずは、宿泊をつかって”体験版の暮らし”を感じてみる。
いまの暮らしに軸足を置きつつ、片足をちょっと伸ばしてみる。
足の置き場としてしっくりきたなら、徐々に重心を移していく。

そんな、「暮らしを探すため」の旅の在り方を提案してみたい。

それは、自然な流れのように思います。旅というのは、そもそも、
人類が生きていく場所を求めて、繰り返してきたことなのだから。

まとめ

今回、前田教授にお話をお伺いして、多くの発想を頂きました。
他にも書きたいことは多くありますが、今回はこの辺りでまとめます。

都会だけでもなく。地方だけでもない。
いくつかの拠点を持ち、いくつかの自分を持つこと。

インターネットやテクノロジーの普及によって、生活は変わりつつあり、
これからの時代は、よりマルチタスク化が進んでいくのかもしれません。

その中でも特に、”行ったり来たり”を繰り返す、二拠点居住を提案したい

都会で忙しい生活を送って、たまに地方でゆっくりした時間を過ごしたり。
地方でスロウな暮らしを過ごし、たまに都会で新しい刺激を取り入れたり。

どちらに軸足を置くかは、それぞれの価値観やそのときの状況で選びつつ、
並行して、もう一つの暮らしを持つことが、豊かさに繋がるのではないか。

それを取り入れるために、まずは農泊・民泊・ゲストハウスなどを活用して、
週末を使って”体験版の暮らし”を味わいながら、もう一つの暮らしを模索する。

その旅の方法を、今後の記事として取り上げていけたらな、と考えています。

Seiyu Laboでは、今後も個人にできる無理のない範囲のなかで、
二拠点居住(デュアルライフ)を実現する方法を模索していきます。